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「植木屋という生き方」

2012/12/01

データ整理をしていたら、一昨年の今頃、母校からの依頼で書いた在校生へのメッセージが出てきました。
高校生の進路指導の一環として、卒業生が自身の社会人経験や仕事の内容を文章で紹介するというものでしたが、この時、参考としてお借りした諸先輩方の文集を見てびっくり。
そこには、大学教授に自治体の長、省庁の官僚に銀行の頭取、世界で活躍する商社マンや企業の社長等、各界の第一線で活躍されている方々がズラリと並んでおり、母校が輩出した人材の素晴らしさに驚くとともに、そんな方々に入り交じり、この田舎植木屋に何が書けるのかと、とても気おくれしたことを覚えています。
前途洋々の進学校の生徒に植木屋の話をしてもと思いましたが、落ちこぼれなりにこんな生き方もある、ということで、自分なりに書かせていただきました。
あれから2年経ち、あらためて読み返してみると、たいして成長していない自分や自戒している自分がいます。
数年後、また読み返した時、その時の自分はどんな自分でいるだろうか。今よりいい仕事をして、お施主さんに喜んでいただいているだろうか。次に読むときにはもっと成長している自分でいたい。
そんな時のために、ブログに残しておくことにしました。

 

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〜就職ではなく修行という生き方〜

―どんな仕事に就くのかより、選んだ仕事でどう生きるかー  福岡造園  福岡 徹

 

「植木屋という生き方」
能代高校の皆さん、こんにちは。
私は二ツ井で植木屋をしています。私の住む二ツ井町富根には茂谷山という山があり、この山が二ツ井と能代の境となっていました。在校時は隣町の学校に通うという感じでしたが、二ツ井と能代は合併し、今では母校が名実ともに自分のふるさとの学校となりました。私は今、子供の頃から遊んだ大好きな茂谷山を越えてもなお、ふるさとがずっと続いているということに大きな喜びを感じています。

 

さて私の仕事についてですが、この仕事は、学歴や資格が無くてもできる、やる気さえあれば誰にでもなれる仕事です。その分、頼れるのは己の腕一本だけなので、日々、職人としての自分のレベルを上げることに努めなければなりません。植木屋の資格には造園技能士や造園施工管理技士という国家資格があります。こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、庭づくりの現場に居ると、資格などただの紙きれであることを思い知らされます。現場では、実際の仕事ができなければ何の役にも立たないからです。いくら資格試験の問題が解けたところで、頭(理論)でわかってもそれを体現表現できなければ、本当に分かったことにはなりません。これが職人の世界でありモノづくりの世界です。
うちには遠くから修行に来ている若い人もいますが、特に資格を取ることは勧めていません。というよりも禁止しています。若い人はなにかと資格を取りたがる傾向があるようですが、この仕事には資格など必要なく、もし資格があるとすれば、この仕事が大好きで、庭や自然に感謝できる心の資質が資格、ということになるでしょうか。資格に挑むことで自分の仕事へのモチベーションを盛り上げようとしたり、資格を信用に仕事を受けようとしたりするのでは、庭職人としては本末転倒です。いつか役に立つかもしれないから、というのもまた安易で、自分が何になりたいのか、どう生きるのかということを考えれば自ずと今やるべきことが見えてくるように思います。
「仕事は飯食うための生業(なりわい)」というよりも生き方そのものだと思います。同じ「わざ」でも、「業者(ぎょうしゃ)」ではなく「技者(わざもの)」を目指すのが職人ですから、この仕事は、就職というよりも修行といったほうがいいのかもしれません。一度きりしかない人生、自分が選んだ仕事に使命感を持ち、いつか世の中の役に立ちたいものです。植木屋は一般的に造園業と呼ばれ、時に庭師とも言われますが、庭師という言葉には「師」という言葉が付くように、ただの職業の名称ではありません。師にふさわしい職人の中の職人は匠と呼ばれますが、庭師とは、植木屋の中の植木屋である庭匠のことを言うのだと私は思っています。私たちが目指すのは造園技能士ではなく庭師。庭師になるための生き方を選んだのだから、それに向かって精進するのみです。

 

「植木屋の格好」

植木屋は、藍染の印半纏に腹掛け、地下足袋、手甲など、お祭りの衣装や太鼓の奏者のような出で立ちをしています(植木屋さんでいろいろです)。上から下まで紺一色なのは、植木屋は庭の中では黒子であり裏方、主役の庭よりも目立ってはいけないということです。だから、仕事も静かに、庭の手入れに伺った時なども、仕事を終えて帰る時は植木屋が入った痕跡を消し、何事も無かったような自然な状態にしていきます。
足袋はただの履物のように思われがちですが、実はこれも道具のうちです。これが無いと木にも登れませんし、足裏から伝わる大地のエネルギーを体で捉えることができないのです。木に触れ石に触れ、踏み締めた土の感触やその地の風、その家に宿る空気を体全体で感じながら、何も無い所に庭という雰囲気や形、命を創り出していくのが植木屋の仕事です。見習いの頃は足袋を履くのが何か気恥ずかしい気持ちもありましたが、今ではこれで役所にも行きますしデパートにも入ります。
よく、体の先端を締めると気が満ちると言いますが、毎朝、足袋や手甲を付け、手ぬぐいを頭に巻いた瞬間、「よし、今日もいい仕事するぞ!」と、体中にやる気がグングンみなぎってきます。私は能代高校で柔道をやりましたが、道着に袖を通し黒帯を締めた時のような、そんな感じでしょうか。この時ばかりは、自分がウルトラマンか仮面ライダーになったような気分になれます。世界の平和を守るという使命を持ったヒーロー同様、私たち植木屋にも庭や街の緑を守るという使命がありますから、その点では同じですね(笑)。

 

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「山水に得失無し、得失は人の心にあり」

これは、多くの名庭を手掛けた室町時代の作庭者、夢想国師の言葉で、私が座右の銘とするものです。山水とは自然のことですが、「自然の中に美は無い。美は自然を美しいと思う人の心の中にこそある」といった意味合いを持ちます。美ということを考えると、庭は美しくなければならないという前提がありますが、美にもいろんな価値観があります。豪快な石組や見事に手入れされた松など、人工的に形作られたものを美しいと感じる人もいますし、歩道に落ちる街路樹の葉や道端に咲く野の花、道路に散った砂の模様や水に映る山の影など、人力ではつくることが難しいものに美しさを感じる人もいます。作庭者にとって必要なのはどちらかというと後者で、人が気付かないようなさりげないものを美しいと思える繊細な感性が大切になります。日々をあわただしく生きていると、身近な所に転がっている美を見落としてしまうのですが、時々自分の子供と遊んでいる時、思いがけないことを教えられることがあります。道路に落ちた葉っぱの色や形、虫食いの穴を面白がったり、ドングリや石ころを並べて地面に絵を描いたりしている子供を見ると、忘れかけた童心を思い出させてくれるのです。伝統と伝承は違うと言った方がおられましたが、作庭が創造でモノづくりなら、時代に合わせて新たな形を生み出していかなければなりません。固定観念や既成概念にとらわれていると、自由でオリジナルなモノづくりはできない。常に頭を軟らかく持つことの大切さを、自分の子供たちから教えられる毎日です。

 

「木は切られたいとは思っていない」

植木屋の仕事には「つくる」仕事の他に、つくった庭を「守り育てる」という仕事もあります。樹木の剪定など「手入れ」と呼ばれる仕事がそれに含まれます。手入れとは「心入れ」で、加治屋さんが心を入れて打ってくれた鋏を通して、私たち植木屋が木に心を入れていくということです。
よく、「木をきれいに剪定すると気持ちがいいでしょう」とか「楽しいでしょう。」とか言われますが、思う形に仕上がった時などはやはり嬉しいものです。ただ、ここで忘れてはならないのが、木を切るということは木の命の一部を切り取るということで、木を傷つけるという行為であるということです。木は人から切られなくても生きていけますし、切られることを望んでいません。
「木は切られることを望んでいない。」、これは、数年前、私が20代のころから憧れていた東京の茶庭師の方とお会いした際、木の剪定についてのお話の中でいただいた言葉です。それまで、いかに自然で美しい樹形に仕上げられるかを考えて剪定していた私ですが、この言葉にハッとし、目を覚まされた思いでした。当たり前のことですが、木は私たち人間と同じく命ある生き物です。木を作ってやろうとか美しく仕上げてあげようなどという意識は人間のエゴであり、植木屋の思い上がりであることに気付いたのです。下手に木を切ると木にもダメージが残り、木が傷みます。いかに自然形に仕上げても、程度によっては木に異変が起こるのです。
究極の手入れとは、「手を入れたかどうかわからないような自然な手入れ」とよく言われますが、これは、木に切られたことを感じさせない、ということでもあり、木が切られたことを感じなければ、これまで通りの生命活動ができるということでもあります。枝が急激に伸びたり葉が増えたりするのは木が切られたことを異変と感じているからです。この茶庭師の方の話を聞いた時から、いかに木に負荷をかけず、木が再生しやすいように優しく手を入れられるかということを考えるようになり、樹木医学なども勉強するようになりました。

 

私は数年前、落ち葉の苦情などでただブツブツと短く切られてしまう能代の街の木を救いたいとの一心から、街路樹の改善活動を始めました。なぜ街に木を植えたのか、街路樹はどんな役割を持っているのか、木も生き物であることなどを市民の皆さんにお知らせする中で、街の木と人の共生のあり方などについて、行政に提案しています。樹木と人の共生とは、木に人の都合のいい姿になるよう強制することではありません。人と木の共生とは、葉が出て花が咲き、実がなって葉が落ちるという木の当たり前の生理を尊重し、それを受け入れるということです。「自然」という言葉は今、山や川などを指す言葉になっていますが、昔は「じねん」と読まれて、この「自然(じねん)」という言葉には人間も含まれていました。自然という言葉そのものが、山水と人間との共生の意味を持っていたのですね。
この街路樹改善活動は二ツ井と能代の合併を機にたった一人で始めたものでしたが、思いを持って続ければ何とかなるものです。賛同者が一人も居ない中で始めた孤独な活動は三年後、市議会やメディアの理解を得て、市も街の緑を大切にするという方向に方針を変えてくれました。二ツ井と能代が合併してからは官庁街の落ち葉掃除(ごみゼロ運動)にも毎年参加していますが、「落ち葉はゴミではない」ということをずっと言い続けているうち、今年は市長さんが市民の皆さんの前で街の木の役割やありがたさ、落ち葉のリサイクルの話などをしてくれました。
能代では、世界遺産白神山地に落ちる葉は宝物と呼ばれますが、街なかに落ちる葉はゴミと言われて邪魔だから切れと言う。これが能代の現実だとしたらとても悲しいことです。街の木は街の顔であり、その街に住む人々の心や文化性を表す鏡なのです。
能代は、国道を曲げてまでお寺の木を残したほど(けやき公園です)、緑に思いを持つ人々が住む所なのですから、街の木をもっと美しく、このような市民の皆さんの心を反映するような姿にしてあげたいと思っています。木は自分では動けませんし、切られて「痛い」と喋ることもできません。植木屋は木を植えるのが仕事ですが、そんな木の声に耳を傾け、人々に緑の素晴らしさの芽を植え付けていくこともまた我々植木屋に課せられた使命ではないかと感じています。「使命」という字は「命を使う」と書きますが、自分が選んだこの道で、世の中のために命を使うことができるのはこの上ない喜びです。

 

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「腕の前にあるもの」

日本の芸道や武道の修行の段階を表すものに「守・破・離(しゅ・は・り)」という言葉があります。「守」は、師匠の教えを守り、基本を身に付けること。「破」は、師匠の教えを一歩進め、他流の良さも学ぶこと。「離」は、「守」にとらわれず「破」も意識せず、独自のものを生みだすこと。といったような意味です。
他流に学ぶという「破」は、外に出て行って見聞を広めるいう意味もありますが、まさに今の私がその時で、機会を見ては日本全国の庭師さんに教えを請いに出かけています。庭の技術を学ぶというよりは、その人となりに接し、優れた庭をつくる人の意識や考えを学びたいと思ってのことです。そんな中、今年、私の胸に大きく響いた言葉がありました。それは、「職人にとって大切なのは、技術以前の心構えや哲学であり志。技術とは腕、腕前とは『腕の前にあるもの』という意味であり、その腕前が上がって初めて技術は技へと昇華する。そして、植木屋はそんな修行の中で、庭をつくることで庭や施主から育てられている。」といったようなことです。私自身、普段の仕事を通してそんなことを感じていましたので、この「腕前」の話を聞いた時は「ああ、そうか」と、自分の中でストンと落ちるものを感じました。狭い田舎にばかり居ると、大海を知らない井の中の蛙になってしまいます。上には上が居ると知ることで謙虚になることができ、さらなる向上心が持てるようです。職人はやはり一生修行、いつか、何事にもとらわれない「離」の境地で庭をつくれるようになる日まで、さらなる高みを目指して頑張りたいと思うこのごろです。

 

ご精読ありがとうございました。能代高校を出て職人の道に入る人は少ないと思いますが、こんな生き方もあるというふうに聞いてくだされば幸いです。今回、この原稿を書くことで、自分の生き方をあらためて考えることができました。機会を与えてくださいましたことに心から感謝いたします。在校生の皆さんが一生かけて打ち込める仕事と出会えますことを、心から祈っております。  終わり

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以上、長文ご精読、ありがとうございました。

 


 

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